タイと日本の歴史的な関係については、残念ながらあまり日本では知られてないようです。
第二次世界大戦の時、日本はタイを他国占領のために巻き込むことになります。
これにより日本は古くから交流のあるタイに対して、結果的に裏切ってしまうことになりました。
この記事では、古くからの日タイ関係・第二次世界大戦時の両国の関係・関連する観光名所などをお話しします。
第二次世界大戦前のタイと日本⇒良好な関係

タイと日本の歴史は600年前から始まったと言われています。これはタイがシャムと言われていた時代です。
※以下、当時の国名:シャムではなくタイと記載します。
年代記には、1593 年タイの王ナレスアンがビルマの皇帝を破った時、軍隊には500人の日本兵がいたと書かれています。
1612年頃から日本人冒険家の山田長政はタイに移住し、タイ南部の一部を統治しました。
1620年にはタイにとって日本との貿易総額がどの国との貿易よりも大きくなっていました。
一時、日本の鎖国などの影響で両国の関係が途絶えましたが、19世紀には交流は再開され1887年9月26日に日本とタイで日タイ修好宣言が結ばれました。
そこからより活発に交流が生まれることになりました。
第二次世界大戦時のタイと日本⇒日本が支配

日本は第二次世界大戦の時、枢軸国(日本・ドイツ・イタリア)として連合国(イギリス・フランス・ソ連)に対抗しました。
そこから日本は連合国の様々な領地に対して攻撃や占領を始めます。
1942年5月、日本はイギリス領であるビルマ(現ミャンマー)を占領しました。
日本はビルマに対して軍事物資の確保が必要だったので、安全なルートとしてタイのバンポンからビルマまで険しい山や川を通る全長415キロメートルの鉄道を建設することになりました。
ちなみに、タイは第二次世界大戦に対して中立的な立場を取っていたようです。
ここで労働力にされたのが、現地のタイの人々や連合軍の捕虜たちです。
鉄道全線が完成するまでに5年程掛かると言われていましたが、実際は日本軍の強引な指揮により1年と4か月とかなり短縮されました。
当時は鉄道を作るのに十分な道具は無く、シャベルやつるはしなどで土や岩を砕き、それをカゴや袋に入れて運んでいました。
日本の看守は、やせ細って身体が衰弱し泣き叫ぶ労働者に対しても、容赦なく顔や背中などを鉄の棒で叩き働かせていました。
病気の人を病院のベッドから無理やり連れだし、働かせたうえで何度も殴打することもあったそうです。
労働者たちはこの鉄道を『死の鉄道』と呼びました。
最終的に病気や栄養失調そして日本軍の残虐行為により、約15,000人の捕虜と10万人のタイの市民の命が犠牲になりました。
映画『戦場にかける橋』
『戦場にかける橋』は、1957年、デヴィッド・リーン監督によってアメリカとイギリスで共同制作された壮大な戦争映画です。
タイトルにある橋とは第2次世界大戦の時に日本軍が現地民や連合国捕虜に作らせた、クワイ川にかかる鉄道橋のことを指しています。
イギリス人兵士たち(日本の捕虜)と、彼らを鉄道建設に強制動員しようとする日本人大佐を描いています。
この作品で映し出されている日本人からイギリス人兵士への体罰は、原作者のピエール・ブールが実際に体験したものとされています。
この映画は、当時の状況を完全再現されたものではないですが、当時の極限状態の様子を感じることができます。
関係する観光名所
クワイ川にかかる橋

日本軍が、現地のタイ市民や連合軍捕虜に作らせた鉄道橋です。
今ではかなり人気の観光名所となっており、電車が通らないときは人々は自由にその路線を歩くことができます。
ナムトック線の電車がこの橋の上を通り、さらにその後に続く死の鉄道とよばれる路線を走ります。
同鉄道橋だけではなく、その後に続く険しい山に囲まれた景色に当時の労働者たちがどれだけ過酷な環境の中で、この鉄道を作りあげたかということを知ることができます。
JEATH戦争博物館
Japan、England、Australia、Thailand、Hollandのそれぞれの国の頭文字を取って名づけられました。
クワイ川にある橋からすぐの場所にあり、タイ軍の歴史や第二次世界大戦の捕虜に焦点を当てた博物館です。
この建物は、当時の拘置所を改装したもののようです。
当時の写真や映像・実際に使われたものなど、リアルな当時の捕虜たちの様子を知ることができます。
死の鉄道博物館(泰緬鉄道博物館)
カンチャナブリー駅の近くにあり、オーストラリア人によって2003年に開設されたものです。
実は日本は連合軍捕虜として、オーストラリア人も鉄道建設に動員していました。
当時の日本の計画や、捕虜たちのやせ細った姿の写真やマネキンが展示されており、詳細な説明も多く書かれています。
ちなみに、無料で1杯のコーヒーか紅茶を頂けます。
おわりに
タイは歴史的に日本と深く関係のある国ということを知り親近感が湧きました。
第2次世界大戦の時日本はいくつかの国に侵攻し、タイを利用したビルマへの侵攻もその中の一つでした。
教科書に書いてあるのは1文だったとしても、日本のその1回の侵攻により関係のない国の人々を含めて膨大な人命が犠牲になったことがショックでもあり、この事実を知らなかったことに日本人として情けなくなりました。
現在、日本とタイは経済などにおいてお互い欠かせない関係になっています。コロナ前の日本→タイ、タイ→日本への年間の旅行者数では300万人を越えたそうです。
過去には暗い歴史もある両国ですが、これからはお互いの国を尊重した上で末永く良好な友好関係を築いてほしいと思います。


コメント